創立60周年記念 座談会 (平成25年10月3日)
公共事業を考え戦略的に提案し、管理しながら工事を担う立場
展望
総務・企画委員長 協成建設工業㈱ 代表取締役 大和田 稔
建設業のおかれている現状
地域に根ざす地方の建設業には、時代の移り変わりや地域の皆様の建設業に対する意識や要望の変化、さらに、国・道・市町村などの行政機関が求めている事柄を的確にとらえることが必要です。先のアンケート解析結果でも指摘されているように、「公共事業の工事を担う立場」から「公共事業を考え戦略的に提案し、管理しながら工事を担う立場」へと脱皮していくことが求められています。
これからの地域建設業のスタンス
・地域のインフラについて実情を一番理解している民間専門業者である。
・業務としてではあるが、地域のインフラを常時パトロールしており、トラブルの第一発見者となりうる立場にある。
・地域住民の苦情・要望を、市町村・道・国などへ直接伝えることのできる立場にある。
・災害時において、行政や地域住民の要請に応じて、いち早く応急対応できる人材と資機材を有している。
地域に根ざした建設業を目指して
今後地域から期待される建設業を実現するためには、一企業のみの力では難しく、地域ごとの企業がそれぞれの力を集めるとともに、企業をまとめる立場にある協会の、より一層の指導のもと、これらを実現するための方向性を明確にしていくことが必要と考えます。
具体策
・異常を発見した場合、あるいは地域住民からの要望などが出された場合の行政機関への連絡システムの構築。
・災害発生時における地域ごとの応急対応体制と、地域間の応援体制の確立。
・地域ボランティア活動への積極的参加とボランティア活動の自主企画。
協会の果たすべき役割
・地域建設業に求められている事項を分析し、実践・指導できる人材の育成。
・発注機関と各企業間の窓口としての機能の確立。
・地域が要望している事項を関係機関に提言できる機能の確立。
・企業活動が継続できるよう、現在の入札制度に加えて、地域で必要とされている会社が最低限の受注を確保できるシステムの提案。
・現行の単年度契約を複数年契約とし、毎年業者が変わるのではなく、一定程度長期にわたって同一業務を同一企業が安定して続けられるシステムの提案。
展望への意見 吉本会長
我々が今後どういう姿勢で企業経営あるいは協会運営をしていくかという枠組みの提案ですね。最後に触れられていることは、本日の座談会で見えてきた新たな任務においても、私も特に重要だと思っています。つまり専門的な立場の確保です。
公共事業の発注システムには市場原理も浸透していますが、公共事業は誰でも自由に売り買いできる商品とは異なります。まして災害に対する準備をしておかなければならないので、対象となるインフラを専門的に管理する能力があるのとないのとでは貢献度が大きく異なってきます。
インフラ予算は単年度で決定されますが、工事は単年度で完成するものは多くありません。同じインフラ工事でも、今年度は A社、次年度はB社と変わる体制より、同じ業者が継続して受注できる体制の方が、業者に専門性が蓄積されるという利点があります。こうして業者に専門性が蓄積されると、緊急時に専門的対応が可能となり、減災につながります。
私が常々思っているのは、民間業者の適正な利益ということです。我々が対象としているインフラは、住民の生活や産業の基礎であると同時に、命にも関わる重要性を持っています。ですから、例えば手抜き工事など絶対にあってはならないことです。私は、公共事業の「安ければいい」という悪しき市場原理をどこまで払拭できるか、大いに疑問を感じています。インフラ工事には「安心・安全」が絶対に必要なので、そのためにも適正な利益が必要だと考えています。こういう部分での学びや要望も必要だと思います。
総評
-建設業の未来と地域開発、地域づくりのために アドバイザー 今
○新たな窓を開けた座談会
今回の座談会では、次世代を担う若手をはじめとする皆さまからの、現状認識や今後の提案を聞かせていただきました。「安心・安全な環境整備」「地域開発・地域振興」という、地域づくりの視点をしっかりとお持ちであること、さらに、地域住民の生活基盤づくりを担うのは、やはり建設業であるとの自覚と責任感をもって、事業に取り組むことを、今回の60周年を機に、あらためて決意し、地域に向け表明されたことに、後志地域の将来に明るいものを感じました。
○建設技術は文明の基礎づくり技術
イギリス土木学会が子供向けに作成した、土木や建設事業の教材読みものの表題は「The Little Book of Civilisation」です。
「civilisation」という言葉は、文化的・技術的・科学的な面での人聞の発達した社会状態という意味です。この冊子は、建設技術が文明の基礎づくりを担っていることを、写真をふんだんに使って子供たちに説明しています。建設技術の発達、そして建設産業の自覚を持った活躍と発展が、地域を聞き、豊かな地域社会を生み出すことを、次世代を担う子供たちに伝えようとしていることがわかります。
○社会から強い批判を受けた建設産業
わが国を見るとどうでしょうか。1990年代以降、事業の長期化などによる高コスト構造化や事業目的が雇用対策に移動していること、さらに、公共事業の投資効果に疑問が持たれ、事業実施に疑問が高まるなかでの不祥事などの続発があり、建設業界は社会から強い批判を受けるようになりました。
このことについて、土木学会第99代会長の山本卓郎氏は、「われわれは長年にわたり国土づくりに努力してきたことを自負しているが、いつしか社会資本整備や公共事業に対する市民の感覚から「ズレ」が生じ、土木に対する不信感をなかなか払拭できないという厳しい現実がある(土木学会誌96巻6号 平成23年6月)」と指摘しています。山本氏は、だからこそ「土木の市民工学への原点回帰が必要である」と述べています。
○土木の市民工学への原点回帰
「土木の市民工学への原点回帰」とは、地域にある建設業が、「地域開発を担い、地域住民の生活を支える仕事」という原点を自覚し、そのために何をすべきかを学び、考え、実践することにほかなりません。その意味からも、還暦を迎える60周年を機に、今後の方針を定めるにあたり、「武内イズム」を学び直し、その継承者の吉本会長が、まさに「原点回帰」の旗を掲げ、新たなスタート地点に立たれたものと思います。
特に今回、パネル展とアンケートを通した、地域の人々との「対話」を重視した活動に取り組まれたことは特筆されることではないでしょうか。
これまでの取り組みは、一方的に情報を提供する宣伝活動で終わるものが多かったのではないでしょうか。地域からの声を集め、それに真撃に耳を傾ける取り組みは、「原点回帰」に向けた第一歩であり、地域の人から学ぶという謙虚な姿勢の表れと思います。だからこそ、得られたデータは大切に扱っていただきたいですし、今後も対話の機会をつくるべきです。
○対話と学習が生み出す地域社会との信頼関係
「対話」は信頼関係を生むために欠くことのできない営みです。相手の話を聞き理解する。自分の考えを筋道立てて相手に説明する。この二つが必要です。一方的に聞くだけ、一方的に話すだけでは「対話」ではありません。そこではコミュニケーションは成立しません。コミュニケーションとは思いや考えが通じあうことです。自分勝手な一方通行では成り立ちません。また、相手にわかるように話さなくてはなりません。そのためには、自分自身がきちんと学び、理解しておかなくてはなりません。自分たちの仕事への思いや誇り、その困難さや専門性、さらには地域開発・地域振興への思いや願い、将来ビジョンなどを、わかりやすい言葉で説明できなくては「対話」にはならないでしょう。
地域開発・地域振興に必要な社会資本はどのようなもので、その整備水準はどの程度か。将来コストはどうか。実現するための技術はなにか。そして、自社の強み、売りとする技術はなにか。そのようなことをきちんと話すことが求められます。建設事業者、特に経営トップの方々が地域の未来像を考え、地域への思いをわかりやすく語ることが必要です。経営トップの皆さんには、地域づくりの学びに積極的に取り組んでいただきたいところです。
一番大切なことは、事業の成果物である施設や構造物の完成度・水準で、地域への思いを語るということです。
○建設業への地域社会への期待
社会資本は、「人々が安心・安全な生活を営み、産業が円滑に生産活動を行うのに必要不可欠な基盤となる施設」と一般に理解されています。社会資本は公共投資、すなわち公的な機関が関わり、公的資金によって整備されるものです。地域の人々が納めた税金が元手となっています。そのお金で施設や構造物を造ることが建設業の仕事です。ここが、他のものづくり産業と大きく異なる点です。安ければよいというものではありません。しっかりとした施設・構造物が造られないと、人々の信頼は損なわれ、地域の産業も発展しません。
このことは、逆にいうと、建設業が優れた識見を持ち、しっかりした技術的裏づけをもってよい仕事をすることは、人々の命を守り、地域の産業もより発展することになります。そこに、建設業への地域社会の期待があるものと思います。
事業者の自覚と行動によって、地域社会から期待される建設業となるのですが、地域社会に役立つ公共事業が実施されるためには、建設業者・発注者・地域社会それぞれが、対話を通してお互いを知る視点が必要ではないでしょうか。
○小樽築港の恩人「清き正しきエンジニヤー」 廣井勇から学ぶこと
わが国を代表する宗教家に内村鑑三がいます。札幌農学校第二期生で小樽築港に功績のあった廣井勇と終生の友でもありました。その内村鑑三は、 1928(昭和3)年、廣井勇の葬儀で弔辞を読みます。「工学といえば、富を作るに最も割りの好い、最も便宜なる技術と思われますが、廣井君にとっては、そのような浅ましき目的を達するためのものではありませんでした」「廣井君は、その生涯において大工事を幾多も成就されましたが、そのことで君自身のための富をなすということはありませんでした」「廣井君ありて明治大正の日本は清き正しきエンジニヤーを持ちました」と、建設技術者の理想像であった廣井を悼みました。
建設業が担う公共事業は、公共投資が元手です。利益を得るのは地域社会です。地域社会の発展なくして建設業の未来はありません。内村鑑三はさらに続けて、「君の工学は君自身を益せずして、国家と社会と民衆を永久に益したのであります」と述べています。
その廣井勇は後進に次のように述べていました。「もし工学が唯に人生を煩雑にするのみのものならば、何の意味もない。工学によって数日を要するところを数時間の距離に短縮し、一日の労役を一時間にとどめ、人をして静かに人生を思惟せしめ、反省せしめ、神に帰る余裕を与えないものであるならば、われらの工学はまったく意味を見出すことはできない」
廣井勇のこの言葉は、社会資本整備、公共事業の原点を示したものではないでしょうか。社会資本を整備することは、人々に幸福をもたらすことなのです。そして、そのような事業を直接担う建設業は、なんと素晴らしい、誇ることができる生業(なりわい)なのでしょうか。
内村鑑三は、ある講演会において、「一つの土木事業を遺すことは、実に我々にとっても快楽であるし、また永遠の喜びと富を後世に遣すことではないかと思います」とも述べています。
公共事業によって取り組まれる建設事業は、地域の課題解決という地域人々の願いを実現させるものです。その企業活動は工学技術と人を組織して取り組む事業です。内村はそこに、ほかの工学技術を利用した事業ではできない素晴らしさを見出していたものと思います。建設業はまさに「社会を造る」生業です。
この点もまた、建設業の皆さまには大いに誇りにしていただきたいところです。そして常に、廣井勇の生涯にみられるように、自分自身のためだけではなく、「国家と社会と民衆」、すなわち地域社会で暮す人々のために仕事をしているという自覚を、建設業に従事する人々は忘れないでほしいと思います。そのことが「原点回帰」であり、また、「武内イズム」の継承ではないでしょうか。
○地域づくりのリーダーとして、対話・学習・技術力向上の取り組みを!
後志の未来のためには、やはり建設業が地域づくりのリーダーシップをとる必要があると思います。それは、安全な生活と産業活動の発展に結びつく社会資本を整備し、地域開発・地域振興に最前線で向きあってきた建設業に課せられた、社会的使命ではないでしょうか。
地域づくりのリーダーシップをとるためにも、地域社会との対話を通し、地域振興に向けた学習や、自社技術を磨く研鑽に積極的に取り組んでいただきたい。このことは、今回の座談会で皆さまが決意されたことでもあると思います。
建設業界を取り巻く環境は依然厳しいものがあるといえます。一時的な好況・不況に振り回されるのではなく、今回の記念事業で確認した、建設業の原点を常に心のよりどころとして、今後の企業活動に邁進されることを願っております。